SRIM Tutorial¶
Contents:
始めに¶
SRIM (the Stopping and Range of Ions in Matter)は, 高速イオンが 材料中を通過する場合の, イオンの飛程, ダメージ等を算出するための シミュレーションソフトウェアです. 1989年の発表から改良を重ね (現在のバージョンはSRIM2013), 現在においても, 多くの利用者があります.
SRIMでできること, できないこと¶
SRIMは2体衝突モデルを入射イオン, 標的材料に逐次的に適用することで, 入射イオン, そして衝突によるはじき出しを受けた標的材料原子の軌跡を追跡する方法です.
以下に, 特徴と利点及び利用の際の注意点を挙げます.
特徴と利点:
- イオンの注入飛程の計算
- はじき出しによるダメージの個数, 分布の計算
- スパッタ率の計算
- はじき出し以外の要因(フォノン散乱, 電子素子能)による エネルギー散逸の計算
- 比較的高速に計算が可能
- 計算に必要なパラメータが簡潔, 具体的でわかりやすい.
- 等々.
不便, 注意を必要とする点:
- 標的材料はアモルファス材料としてモデル化しているため, チャネリング等, 結晶構造に起因する現象を再現できません.
- 衝突の試行は常に初期状態から行われるため, 多数の衝突による, ダメージの蓄積, ミキシング効果は反映できません.
- 欠陥-格子間原子の再結合等, 欠陥構造の挙動に関する詳細な解析はできません.
- 多体現象(高密度の衝突カスケードがオーバーラップするなど)を 再現することはできません.
- 化学反応系によるスパッタリング等, 材料の特性が大幅に変化する過程を 再現することはできません.
このような問題を解く必要がある場合, SRIM以外のシミュレーション手法が 必要になり, 結局のところ簡便さとの兼ね合い(トレードオフ)となります.
簡単な原理¶
SRIMで実施される計算について簡単に説明します. あわせて, SRIM の計算に必要な パラメータはどのようなものが必要かを考えていきます.
高速原子に働く力¶
始めに, 高速で固体内を移動する原子に働く相互作用を見てみましょう. 大きく分けて, 「原子核同士の衝突」と」電子間相互作用による阻止能」が 考えられます.
2体衝突モデル¶
原子(または原子核)を剛体球とみると, 衝突する, 及び衝突される原子の運動は古典力学の範疇で解くことができます. この時, 事前に必要な情報は以下の物があります.
- 入射原子, 標的原子の質量
- 入射原子の速度(エネルギー)
- 入射原子, 標的原子の位置関係(衝突係数, Impact parameter)
- 入射原子, 標的原子間相互作用
この中では4.の相互作用については注釈が必要かと思います. 入射原子, 標的原子が完全な点電荷であるならば, 両者の相互作用は単純な クーロン力になります(そのように仮定した場合の軌跡が有名なラザフォード散乱です). 実際には, それぞれの原子の原子核の周りには(イオンとは言え)電子が存在していますの. これらによる遮蔽されたクーロン力が働きます. SRIMでは原則として, Ziegler, Litmark, Biersakらによる遮蔽モデルが用いられています.
電子相互作用によるエネルギー損失¶
固体内を高速で移動する原子は, 先に述べた原子核同士の衝突に加え, 原子核と固体内に存在する多数の電子との相互作用によりエネルギーを失います. 詳しい説明は省略しますが, エネルギーを失う度合いは,
- 固体内に存在する電子密度=(標的材料の原子番号と原子密度)
- 入射原子核の電荷=(入射原子の原子番号)
- 入射原子の速度(エネルギー)
に依存します.
阻止能¶
入射したイオンが薄い標的材料を通過すると, 入射イオンは上記2種類の相互作用の影響により, その移動方向を変え, またエネルギーを減じます. このエネルギーの減じ方は, 標的内の原子とどのような衝突を行うか(つまりインパクトパラメータ), 標的材料内で何回の衝突が生じるか(平均自由行程), によってまちまちです. しかし, 何回も試行を繰り返すとある平均的な値に落ち着くことは予想できるかと思われます. この, 原子が単位長さ移動した場合に減じるエネルギー量を」阻止能(Stopping Power)」と呼びます. 特に原子核同士相互作用によるエネルギー損失を核的阻止能(nuclear stopping power), 電子との相互作用によるものを電子的阻止能(electronic stopping power)と呼びます.
原子のはじき出し¶
標的材料内のある原子が入射イオンと衝突すると, その原子は運動エネルギーを得ます. 繰り返しになりますが, 衝突により被衝突原子が得るエネルギー, 運動方向は条件によりまちまちです. もし, シミュレーションを行う対象が入射原子と, この被衝突原子しかないの であれば, 被衝突原子はそのまま元いた位置から離れて行きます. しかしながら, 多くのシミュレーションでは, 被衝突原子は周りにある他の 標的材料原子と結合しているため, 元いた位置に留まろうとする力が働くはずです.
SRIMではどのように原子のはじき出しが起きるかに付いて, 次の2種類の エネルギーを標的材料ごとに定義します.
- Displacement Energy:
被衝突原子の持つエネルギーが, Displacemet Energy 以下の場合, その原子は元の位置から動かないとする. このエネルギーは10eV~20eV が適当とされています.
受け取ったエネルギーは隣接する原子との格子振動として散逸します. SRIM内では」Phononが受け取ったエネルギー」として算出されます.
- Lattice Binding Energy:
もし被衝突原子の持つエネルギー(E2とします)が, Displacement Energy より大きい場合, その原子は周囲の原子との結合を振り切り, 元いた位置から飛び出します. この時に, 被衝突原子は Lattice Binding Energy 分のエネルギーを 元いた位置に残して移動するとします. つまり, 被衝突原子は, E2 から Lattice Binding Energy を減じた運動エネルギーを持ちます.
一方, 被衝突原子が元いた場所は格子欠陥(vacancy)となりますので, Lattice Binding Energy は, 格子欠陥を生成するためのエネルギーと 見ることができます.
これ以外に以下のエネルギーが定義されています.
- Surface Binding Energy:
- Displacement Energy 同様ですが, このエネルギーは表面付近の標的原子 に適用されます. 表面付近の原子がSurface Binding Energyより大きい エネルギー(かつ真空方向に向かう運動量)を持った場合, その原子は 標的材料から脱離する(スパッタされる)ものとします.
カスケード衝突¶
標的材料内の原子が衝突によりはじき出され, さらに十分に高いエネルギーを持つ場合, この原子は, 入射イオンと同様に, 他の標的材料原子に衝突し, 更なる原子のはじき出しを引き起こすかも知れません.
このように, はじき出し原子が更なる原子のはじき出しを連鎖的に生じる現象を, カスケード衝突といいます.
SRIMのアルゴリズムと必要なパラメータ¶
簡単にSRIMのアルゴリズムをまとめると次のようになります.
- 入射原子(あるいは他の高エネルギー原子)を一つ選び, 材料内の平均自由行程分移動させる. その際に電子阻止能によるエネルギー散逸を計算する.
- 2体衝突のシミュレーションを行う. 標的原子との衝突係数を, 乱数により 決定し, 衝突後の入射原子, 標的原子の移動方向, エネルギーを決定する.
- 標的原子のはじき出し(と入射原子の停止)を判定する. 入射原子と標的原子が それぞれ Displacement Energy よりも 大きいエネルギーを有しているならば, Lattice Binding Energyを差し引き, 1. の「高エネルギー原子」の一覧に 登録する. (あるいは標的原子が表面付近に存在するならば, スパッタの判定を行う)
- 全ての原子が停止するまで, 1~3を繰り返す.
また, シミュレーションで重要となるおもなパラメータは次のものです.
- 入射イオン
- 原子番号
- 質量
- エネルギー
- 標的材料(複数の層を構成できます)
- 密度
- 厚さ
- 構成原子
- 原子番号
- 質量
- 構成比
- Displacement Energy
- Lattice Binding Energy
- Surface Binding Energy
これらの中で, {Displacement, Lattice Biding, Surface Binding} Energy だけが一意に決める事が難しいパラメータで, たいていの場合デフォルト値が用いられます. この事実は,
- 既知の材料のパラメータで手軽にシミュレーションが開始できる
- シミュレーションをチューニングできる余地が少く, シミュレーション結果の精度について保証できない
ということが言えるかと思います. ですので, 精度に付いては あまり神経質にならず, あくまでもおおよその傾向をつかむ為の手法であることを 認識する必要があります.
SR.exe 阻止能と注入飛程の概算¶
SRIM には, 主要なソフトウェアとして,
- SR.exe:
- 阻止能と飛程の簡易計算(Stopping power and Range)
- TRIM.exe:
- 2体衝突シミュレーション(TRansport of Ions in Material)
の2つが含まれています. ここでは, SR.exe による阻止能と注入飛程の計算に ついて説明します.
プログラムの起動¶
注釈
本文では, SRIM2013のパッケージを 「C:\users\srim\Documents\srim2013」 にセットアップしているとします. これを 「SRIMセットアップフォルダ」 または 「%SRIM%」 と呼ぶことにします.
SRIMセットアップフォルダを開きます. そのフォルダ内の」SRIM.exe」 をダブルクリックし, プログラムを起動します.

この中の」Stopping/Range Tables」ボタンをクリックします. SR.exe プログラムに切り替わります.
注釈
SRIM.exe プログラムはSR.exe, TIN.exe (TRIM.exe のパラメータ編集プログラム) を起動するランチャーです. ですので, 直接 %SRIM%\SR.exe をダブルクリック して起動してもかまいません.

パラメータの設定¶
試しに, He(α粒子) の SiO2 への注入飛程の計算をしてみます. エネルギーは 100eV から 10MeVのレンジとします.
パラメータは次のようになります.
- Ion(入射イオン) セクション:
Symbol: He
(Name: Helium)
(Atomic Number: 2)
(Mass: 4.003 (amu))
Ion Energy Range Lowest: 0.1 (keV)
Ion Energy Range Highest: 10000 (keV)
- Target(標的)セクション:
Description : He in SiO2 (これは自由に決められます)
Density: 2.2 (g/cm3)
- Gas Tgt: チェックを入れない
- (固体と気体とでは平均自由行程や衝突係数の算出方法が異なります)
- Element 1:
Symbol: Si
(Name: Silicon)
(Atomic Number: 14)
(Mass: 28.086 (amu))
Stoich: 1 (Stoichiometry, 構成比率)
- Element 2:
Symbol: O
(Name: Oxigen)
(Atomic Number: 8)
(Mass: 15.999 (amu))
Stoich: 2
Stopping Power Units: eV/Angstrom (これは利用者のお好みで)
Compound Correction: 1 (マジックパラメータです, 後述します)
これらの内, 括弧() で囲まれた部分は, 元素記号の入力や, 周期表からの選択(黄色いPTボタンを押します)により自動的に入力されます. また, 自動入力後に利用者が値を変更することもできます.

計算の実施, 保存¶
パラメータが正しく入力されていることを確認できれば, 「Calculate Table」ボタンをクリックします. この時, 「結果をどこに, どのような名前で保存するか」 問い合わせがあります.

ここで表示されるパスは, SRIMセットアップフォルダからの相対位置になります. 上の例では,
「C:\users\srim\Documents\srim2013\SRIM Outputs\Helium in Si-O2.txt」
として保存されます(途中のパスに空白が入りますが問題ないようです).
計算は即時に終了し, 結果が表示されます.

内容はご覧になればすぐわかるかと思います. ファイルの前半部分は, 入力パラメータに関するまとめ, 後半は,
- Ion Energy: イオンのエネルギー (単位付き)
- dE/dx Elec.: 電子阻止能 (Stopping Unitsで指定された単位, 今回はeV/Ang.)
- dE/dx Nuclear: 核的阻止能 (同上)
- Projected range: 入射イオンの平均飛程(注入深さといってもいいです)
- Longitudinal Straggling: 飛程方向の標準偏差
- Radial Straggling: 動径方向の標準偏差
が並んでいます. これらはテキストファイルですので, excel等のツールでグラフ化することも可能です(エネルギーや距離に単位が付いているため, 扱いが面倒ですが).

Component Dictionary と Compound correction¶
先ほどの例では, 標的材料の構成, 密度等を全てユーザーが入力していました. SR.exe (及び後述するTIN.exe)では, 代表的な材料のパラメータを」Compount Dictionary」として提供しています.
先ほどの計算パラメータを一旦クリアして(「Clear All」をクリック), 「Compound Dictionary」 をクリックします.

様々な材料の構成元素比, 密度などがデータベースとして整理されています. ここで, 星印の付いた材料があります. これらの材料は, 「Compound correction」の値が1以外に設定されている材料です. 試しに水(Water)を選んでみます.

この時, 「Compound correction」 の値が1.02となります. この値は, 電子阻止能に対する補正係数を表します. SR.exe での電子阻止能計算では, 最初それぞれの元素が独立して存在している物として個別に電子阻止能を計算し, それぞれの和をもって複合材料での電子阻止能とする, というモデルを採用しています. このモデルは, 入射イオンが高速な場合は妥当な近似なのですが, 低速イオンの衝突に対しては, 原子間の結合に寄与する電子の存在が無視できなくなります. SRIMの計算では, この低速領域における電子阻止能を多くの実験値に一致するよう な補正係数をcompound correction(または Bragg correction)として Compound Dictionary に登録しています.
自由課題¶
- 1MeV α線は空気中をどの程度進むでしょうか(Compound Table中にAirが登録されています). また密度(=気圧)を変化させるとどうなるでしょうか
- 皆さんが普段利用される材料のパラメータを思い出し, 阻止能, 注入飛程を算出してください。
TRIM.exe 二体衝突シミュレーション¶
ここでは, SRIMの主な利用方法である2体衝突過程のシミュレーションの方法について 説明します. 慣例として2体衝突シミュレーションはTRIM (TRanspotation of Ion in Material) と呼ばれることもあります.
利用するプログラム, データの関係は以下の通りです.
- TIN.exe:
- TRIM計算を行うパラメータファイルをセットアップするためのプログラムです.
- TRIM.in:
- TRIM計算に必要なパラメータファイルです.
- TRIM.exe:
- 実際にTRIM計算を実施するプログラムです.
注釈
残念なことに, TRIMのシミュレーション条件を設定する TIN.exe は日本語Windowsの環境ではうまく動作しないことがあります. この場合, 以下の方法で利用できるようになります(原子力機構 杉本雅樹 様よりお教えいただきました. お礼申し上げます).
- 「デスクトップの表示」を行う. デスクトップ右下をクリックし, TIN.exeを含め, すべてのアプリケーションを最小化する .
- TIN.exe のアイコンをクリックし, これを復元する.
- (「デスクトップの表示」と復元は「Windows+d」のショートカットでも実施できる. したがって「Windows+d を2回押す」でも同様の効果が得られる)
TIN.exe の起動¶
TIN.exe はTRIM計算パラメータセットアッププログラムです. 起動するには. 「SRIM.exe」をダブルクリックし, この中の」TRIM Calculation」をクリックします. または, 直接 TIN.exe をダブルクリックして起動してもかまいません.

パラメータのセットアップ¶
SR.exe と同様に入射イオン, ターゲットの物性値を入力します. ターゲットには多層膜構造を適用することもできます.
ここでは, SiO2/Si 膜に対し 20keV Cs を垂直衝突させる系を考えてみましょう.
材料の指定¶
次のようにパラメータをセットします.
- Ion Data:
Symbol: Cs (Atomic number=55, Mass=132.905 は自動的に挿入されます)
Energy (keV): 20
Angle of Incidence: 0 (垂直入射)
- Target Data:
- Layer 1:
Layer Name: SiO2 (名前は任意です)
Width: 100 Ang.
Density (g/cm3): 2.32
Compount Corr.: 1 (Component Dictionary と Compound correction を参照)
- Element 1:
Symbol: O
Atom Stoich.: 2
Damage (Disp, Latt, Surf) (eV): 28, 3, 2 (原子のはじき出し を参照)
- Element 2:
Symbol: Si
Atom Stoich.: 1
Damage (Disp, Latt, Surf) (eV): 15, 2, 4.7
- Layer 2:
Layer Name: Silicon (名前は任意です)
Width: 900 Ang.
Density (g/cm3): 2.32
Compount Corr.: 1
- Element 1:
Symbol: Si
Atom Stoich.: 1
Damage (Disp, Latt, Surf) (eV): 15, 2, 4.7
計算手法, その他の指定¶
材料の指定に続き, 計算手法, データの見せ方などを指定します.
計算手法¶
「Type of TRIM Calculation」 の DAMAGE の部分が 「Detailed Calculation with Full Cascade Damage」 となっていることを確認します. この計算では, 高エネルギーでもってはじき出された標的原子が2次的, 3次的なはじき出しを生じることを考慮します. 通常はこの計算モデルを採用するのが妥当でしょう.
他のモデルとしては,
- Ion Distribution and Quick Calculation of Damage: 注入イオンの運動ついてのみ2体衝突モデルを適用し, はじき出された標的原子によるカスケード生成を無視します.
- Monolaer Collision Steps / Surface Sputtering: スパッタ率を正確, かつできる限り高速に求めるため, 表面近傍のみカスケード計算を実施します.
が有ります.
画面表示¶
Basic Plots は, シミュレーション中に表示するイオン、はじき出し原子の軌跡の 表示方法を選択できます. X軸が深さ方向になります. デフォルトの」Ion Distribution with Recoils projected on Y-Plane」 はXY平面のプロットを表示することとなります. これ以外に
- XZ平面
- XY平面. ただし標的原子はじき出しは表示しない
- YZ平面
- 上記4つ全て(含む跳ね返り原子のXYプロット)を統合したプロット
- 何も表示しない
計算速度の点からいえば、プロットを表示しない方が, はるかに高速に計算が進みます. 今回の例では, 全て表示にしておきましょう(All Four of the above on one screen)
画面下に Plotting Window Depth という項目が有ります. これは, 前述のプロットや, 後で説明する分布グラフにおいて表示する範囲を指定します. 只今のシミュレーションでは, 総合膜厚が1000Åなので, 1から1000を指定しておきます(プロットの見栄えが気になる場合は, この範囲を適宜調整します).
試行回数と乱数の種¶
イオンの注入レンジ, ダメージの生成率, etc. といったイオン衝突により 引き起こされる現象は,
- 標的材料内のどの元素と衝突するか?
- 衝突時の衝突係数(インパクトパラメータ)は幾つか?
といったパラメータにより大きく異なると予想されます. 従って, 多数の条件による試行を通じて上記の現象の平均的な挙動を知る必要が有ります. Total Number of Ions でこの試行回数を設定します. まずは, 1回だけにします.
一方, TRIMの計算において, 上記2体衝突に関するパラメータはランダムに 決定されます. Random Number Seed は, 乱数生成の初期値を指定します(デフォルトは0). この値を指定することで, 必ず同じ条件でシミュレーションが再現できることを保証します.
出力ファイル¶
Output Disk Files の部分は, シミュレーション途中で生成されるデータの内 保存する対象を指定します. ここで指定するファイルは, 試行回数の増加によって 容量が肥大する可能性が有りますので, 利用には注意が必要です.
各オプションに対するファイル名とその内容は以下の通りです.
- Ion Ranges (「%SRIM%\SRIM Output\Range_3D.txt」):
- 入射イオンの最終位置情報. 試行回数と同じ数のレコードが生成されます.
- Backscattered Ions (「%SRIM%\SRIM Output\BACKSCAT.txt」):
- 標的材料表面から脱離した入射イオンの情報
- Transmitted Ions (「%SRIM%\SRIM Output\TRANSMIT.txt」):
- 標的材料裏面から脱離した入射イオンの情報, オプションを指定することで, 標的原子の情報も保存されます.
- Sputtered Atoms (「%SRIM%\SRIM Output\SPUTTER.txt」):
- 標的材料表面から脱離した標的材料原子の情報
- Collision Details (「%SRIM%\SRIM Output\COLLISION.txt」):
- 全ての衝突イベントの記録. 容量が膨大になるので, 通常は指定しない方が良いでしょう.
今回は, 「Sputtered Atoms」 だけを指定します.

単一照射の実行とデータの保存¶
パラメータの入力が終われば, 「Save Input & Run TRIM」のボタンをクリックします. TRIM.exe プログラムが起動し, TRIMのシミュレーションが開始されます. 現在, 「Total Number of Ion” を1 に設定しているので, 1回照射シミュレーションを実行して終了します.
終了時に」Calculate Complete (1 ions) …」のダイアログボックスが出てきます. 試行回数が不十分で有ると思った場合は, さらに増やすことができますが, ここでは, 「Yes = Save Data」 を選びます.

Save Data画面が表示されます. 「Store SRIM directory (default)」 をクリックします.

ここで保存する情報について, 次の2点が重要になります.
- 「Store SRIM directory (default)」 をクリックしてデータを保存した場合, 「%SRIM%\SRIM Restore」 フォルダにシミュレーションの途中経過 全ての情報が, *.sav または *.bmp として保存されます.
- この保存データは, パラメータ入力画面において」Resume saved TRIM calc.」 ボタンを押すことで, 呼び出し, 再開できます.
シミュレーション画面の説明です. シミュレーション結果に関係する部分のみ 取り上げます.

画面中央の軌跡データは, 「COLLISION PLOTS」 の項目で表示, 非表示が切り替えられます. 点の色がそれぞれ原子が移動した軌跡, または最終位置に相当します. 入射イオンの軌跡から枝分かれするように, 標的原子に含まれるO, Siがはじき出され, 更なる衝突カスケードが生成される様子が観察されます.
他の衝突パターンを観察するならば, パラメータ入力プログラム(TIN.exe)において, Random number seed に異なる値を入力してみましょう. (ついでに Plotting Window Depths を 0~500 と狭めた方がわかりやすいでしょう)
繰り返し衝突と解析できるデータ¶
それでは, 何回も衝突シミュレーションを繰り返すことで, イオン注入レンジ, スパッタ率がどのように変化するのか, 調べていきます.
TIN.exe において, Total Number of Ions を1000にセットし, 「Save Input & Run TRIM」 をクリックし, シミュレーションを開始します.

統計量¶
イオンの注入レンジ, スパッタ率等は画面右の」Calculation Parameters」 の部分に表示されます. これらの値が試行毎に変化していること, また, 試行回数の増加に伴い, ある値に収束していく様子が観察されるでしょう. 算出される値には次のようなものが有ります.
- Vacancies/Ion:
- 1回のイオン衝突により生成される欠陥数.
- Ion longitudinal Range, struggle:
- イオンの最終位置の深さ方向(X軸)の平均値, その標準偏差です
- Ion radial Range, struggle:
- イオンの最終位置の動径方向(=(y^2+z^2)^0.5)の平均値, その標準偏差です
- Energy loss:
照射イオンのエネルギーがどのように消費されたかを示します.
Ionization: 電子阻止能によるもの
Vacancies: 標的原子のはじき出し
Phonons: 標的材料の格子振動
さらに, エネルギーを与えた粒子が, 1次入射イオンなのか, はじき出しを受けた標的原子なのかに分類しています.
- Sputtering Yeld:
- スパッタ率です, 標的元素ごとのスパッタ率, 脱離時の平均エネルギーが算出されます.
度数分布情報¶
一方, 画面右の」DISTRIBUSIONS」プロットでは, 照射イオンの分布, ダメージの内訳など, 度数分布で表現できる量がグラフとして表示できます. 表示するためには該当する項目の」Plot」列にチェックを入れます. また, 「F」ボタンを押すと数値をテキストデータとして保存できます (デフォルトでは,」%SRIM%\SRIM Output」に保存しようとします). 幾つかの例について説明します.
- Ion / Recoil distributions:
入射イオン, はじき出し原子の深さ分布です.
- Damage Events:
標的原子のはじき出しが生じた位置分布です. 衝突原子がそのほとんどのエネルギーを 被衝突原子の与えて, その格子位置に静止した場合, 「Replacement Collision」と判定されます.
したがいまして,
(Target Displacements) = (Target Vacancies) + (Replacement Collisions)の関係にあります.
- Intengral / Differential sputtered ions(atoms?):
スパッタされた標的原子の運動エネルギー分布です. 運動エネルギー鉛直成分が, Surface Binding Energy (SBE) よりも大きい場合, その粒子はスパッタされたものと判定されます. 今回のシミュレーションでは, O:2eV, Si:4.7eV となっています. Integral sputterd ions のグラフ中で O:2eV, Si:4.7eV となる点が, スパッタ率(O:3.73, Si:1.03) を与えます(グラフ中の3.8eVは, (O:2eV + Si:4.7eV + Si:4.7eV)/3 として算出されているようです).
インストールとセットアップ¶
ここではSRIMの入手, インストール等, 実行前に必要な手続きについて説明します.
入手¶
SRIMのサイト
にある. 「Download SRIM-2013」 のリンクをたどり, ソフトウェアをダウンロードします. 「SRIM-2013」 と 「SRIM-2013(Professional)」とがありますが, 容量の問題等が特にないならば, Professional 版で良いでしょう.
ダウンロードしたファイルは, 「SRIM-2013.e」, または」SRIM-2013-Pro.e」 という名前になります. これらのファイルの拡張子を」.e」から」.exe」に変更します (企業などでファイアーウォールを通さない可能性があるといった理由のようです).
展開と配置¶
SRIM-2013-Pro.exe をダブルクリックし, ファイルを実行します. このファイルは自己解凍形式になります.

ファイルを展開するフォルダは」Target Directory」に記述されています. これを変更する場合は」browse」ボタンを押します. 個人で利用する場合では, 自身の」マイ ドキュメント」に相当する,
c:\users\aoki\Documents\srim2013
を指定するとよいでしょう(当該フォルダが存在しない場合は, あらかじめ作成しておくか, Browse ボタンを押した際のダイアログ内で作成することもできます).
.ocx ライブラリのインストール¶
SRIMを実行した場合に, http://www.srim.org/SRIM/PROBLEMS.htm の』(1)Installation error』 に示されるような .ocx ファイルが存在しないというエラーが表示されることが有ります.
この場合, %SRIM%\SRIM-setup フォルダにある _SRIM-Setup(Right-Click).bat ファイルを「右クリック→管理者として実行」してみてください. システム(32bit, 64bit)に応じて適当な場所に.ocxファイルをコピーするとともに, 次に述べる lindraw フォントのインストールも実施します.
linedrawフォント¶
linedrawフォントのインストールを行います.
%SRIM%\srim2013\Data\linedraw.ttf
というフォントファイルを探し, 右クリック→インストール(管理者権限が必要)
ファイル配置¶
インストールフォルダに展開されたファイルの内, 重要なファイルについて説明します.
- SRIM.exe:
- 大本のプログラムファイル. これより下記のTIN.exe, SR.exe を実行します
- TIN.exe:
- TRIM.exe が読みこむパラメータファイル TRIM.IN ファイルを編集するフロントエンドです. このプログラムは日本語環境では正常に動作しないことがあります. 後述の TIN.exe のエラー回避 で回避できます.
- TRIM.exe:
- TRIMコードの本体です. これを起動させると, SRIM.exe, TIN.exeを経由せず直接, TRIM.INファイルを読み込んで計算を行うことができます.
- TRIM.IN:
- TRIM.exe が読みこむパラメータファイルです. テキストファイルですので, 自前で編集することもできます.
- TRIMAUTO:
- TRIM.exe を直接実行した場合の動作を制御します. 途中で中断したシミュレーションの再開や, 複数のパラメータに対して総当たり的にデータを取得するバッチファイルを作成する場合に利用します.
TIN.exe のエラー回避¶
残念なことに, TRIMのシミュレーション条件を設定する TIN.exe は日本語Windowsの環境ではうまく動作しないことがあります. この場合, 以下の方法で利用できるようになります(原子力機構 杉本雅樹 様よりお教えいただきました. お礼申し上げます).
- 「デスクトップの表示」を行う. デスクトップ右下をクリックし, TIN.exeを含め, すべてのアプリケーションを最小化する .
- TIN.exe のアイコンをクリックし, これを復元する.
- (「デスクトップの表示」と復元は「Windows+d」のショートカットでも実施できる. したがって「Windows+d を2回押す」でも同様の効果が得られる)
資料¶
SUZU¶
SUZU https://github.com/takaakiaoki/suzu/wiki
TIN.exe に代わり日本語windows環境でもTRIMのパラメータファイル(TRIM.in) を作成, TRIMを実行する為のプログラムです.